第7回------"ゴドジン"の戦闘犬

ウェールズに残る最古の文学に『ゴドジン』という挽歌がある。1000行を超えるこの長詩は、6世紀後半の現在のスコットランドのエディンバラの近 くにあったブリトン人の国ゴドジンの戦士300騎が、北ヨークシャーのカテリックでサクソン軍と戦い、1人を残し全滅したという戦いを扱ったものである。 300の精鋭がただ1人を残し壊滅した悲劇の様は、例えば次のような詩句でこの詩の中で幾度も繰り返される。

87
300人の黄金の首鎖(トーク)を着けた戦士たちは攻撃した
彼らの国を守るため。殺戮が起きた。
彼らは殺されたが、また殺しもした。
そしてこの世の終わりまで、彼らは称えられよう。
かの地に行った我らがすべての血縁者は
ああ、1人を除いて、誰も帰ってはこなかった。

88
300人の黄金の首鎖(トーク)を着けた戦士たち、
戦闘中は勇猛果敢。
300人の高貴な戦士たち
心を1つにした、完全武装の戦士たち
300の荒々しい馬が
戦士とともに突進する。
3匹の犬と300騎が。
ああ、彼らは戻ってはこなかった。

この作品を読んでいると、おもしろいことに気づいた。それはこの戦闘に加わった戦士の数や、生き残った戦士や犬の数の相違である。他の箇所に次のようにある。

22
戦士たちはカテリックへ。いずれも名だたる者ばかり。
誉れの習慣に従い1年間、
363人の黄金の首鎖(トーク)を着けた戦士たちは
黄金の酒杯からワインとミードを飲んだ。
たらふく飲んだその後で、みなは急いで出発したが、
ただ3人だけが武運よくその戦場を離脱した。また
2匹の戦闘犬も帰ってきたが、それはアエロンとカノンの犬であった。
そして私も美しき歌を歌うため、命を長らえ戻ってきた。

先 に挙げ箇所では戦士の数は300だが、ここでは363となっている。また生き残ったのはただ1人とあったが、ここに引用した箇所では、3人とある。犬も2 匹生還した。しかしこのような数の相違は古い文学にはつきもので、目くじらを立てないのが礼儀となっている。ここでも礼儀を守るのが肝要である。戦士の数 が300であろうと、363人であろうと、生き残った人数がただ1人であろうと、3人であろうと、それはたいした問題ではない。363や3という数はケル ト人が尊んだ3を基にしたものであるということを思えば、それ以上の詮索は必要ないであろう。

しかし私の最大の 興味は、これらの数の違いよりも、ゴドジンの戦士が戦いに犬を連れて行ったというところにある。この詩にも、300頭の馬と3匹の犬が敵目掛けて突進した とあるのだから、確かに犬も戦闘犬として戦いに参加したようである。3匹のうち2匹の犬が生還したので、悲しいことながら、1匹の犬が「戦死」したことに なる。

戦闘に加わっている犬が描かれている最古のものはアッシリアの壁画だという。今日では軍隊でも、警察で も、軍用犬、警察犬がおり、犬の本来の特性を生かし、警備、捜索等の任務についている。しかしこの詩を読む限り、この犬たちは戦闘犬として戦った。おそら く犬は主人に伴い、常に主人の側にいて、主人と共に戦ったのであろう。そのような犬の記述はどこか他の文献にないのであろうか。

12 世紀のノルマン系ウェールズ人で、聖職者であり、学者であり、ある時は英国王室の外交官でもあったウェールズのジェラルド(ギラルドゥス・カンブレンシ ス)は『ウェールズ紀行記』の中で犬の習性について述べているが、そこでは敵から主人を守り、戦う犬の姿も描かれている。

・・・ オワインはとても大きな美しいグレーハウンドを飼っていた。その犬の毛はいろいろな色の筋がついていた。その犬は主人を守っている間に矢で胴を射抜かれ、 槍で突かれ、7カ所負傷した。その返礼にその犬はオワインに襲いかかり殺そうとする者どもに噛みつき、喰いついたのである・・・。すべての動物の中で犬は 人間にもっともなつくのである。犬というものはだれが主人かということをちゃんと知っている。そして主人が死ぬときには、犬も生きること拒絶するかもしれ ない。主人を守るときには、犬は死をも恐れぬ勇気を持つ。手短に言えば、犬は主人のために、また主人とともにいつでも死ぬことができるのだ。

またギラルダスは、イングランド軍と戦い斃れたウェールズ人の若者とその忠犬の話を記している。

コー ルズヒルにある森の中で1人のウェールズ人の若者が(イングランド)王の戦列に斬り込み、戦死した。彼が連れていたグレーハウンドは、主人の遺骸を8日近 くも飲まず食わずで見守った。獣類に備わった驚くべき忠誠心に従って、その犬は主人の遺骸を他の犬や狼、そして鳥や猛禽類の攻撃から守ったのであった。  ・・・ この行為を褒め称え、ほとんど餓死寸前のその犬を哀れみ、イングランド軍はウェールズ人を憎みはしていたが、その若者の死体を丁重に埋葬した。 その死体はもうその時までにもうほとんど腐敗していたのだが。

確かにブリテン島では戦闘に犬が加わったようであ る。ではその戦闘犬の犬類は何であったのだろうか。想像力が膨らむ。愛玩用の小形犬でないことは明らかだ。ギラルダスはグレーハウンドの名を挙げている が、この『ゴドジン』の犬はどんな犬であったのであろうか。思いつく候補が3つある。それはアイリッシュ・ウルフハウンドとハイランド・グレーハウンドと マスチフである。

18世紀後半の旅行家であるトマス・ペナントはスコットランドを旅したときに、すばらしいハイランド・グレーハウンドを見ている。

私はまたここで正真正銘のハイランド・グレーハウンドというものを見た。それは今ではとても少なくなっている。それはとても大きく、胸が厚く、全身が長い、粗い毛で覆われている。この犬種は昔大変流行し、強大な族長による壮大な鹿狩りで膨大な数が使われた。

300 の騎兵とともに戦闘に加わった犬は、ゴドジン国からもそう遠くないハイランド地方に住むこのようなハイランド・グレーハウンドであったかもしれない。この ハイランド・グレーハウンドは別名ハイランド・ディアハウンドともいい、スコットランドの族長たちが鹿狩用に数多く飼っていたという。もう1つの候補アイ リッシュ・ウルフハウンドは「アイリッシュ」というように、アイルランドが原産であるが、この大きな犬は古来王侯貴族の犬として広くヨーロッパに輸出され ていたという。アイルランドの守護聖人、聖パトリックは幼いころブリテン島から誘拐され、アイルランドに奴隷として連れてこられたが、そこから逃げ出し、 ブリテン島に戻った。そのとき彼が隠れ乗った船がこのアイリッシュ・ウルフハウンドを輸出するための船であったという。というわけで、アイルランド島の隣 のブリテン島にもアイリッシュ・ウルフハウンドがいたのは確かだ。さてマスチフであるが、この犬も古くからブリテン島にいた。この犬は農村で飼われてお り、昼は繋いで、夜になると放したという。それは夜家畜を襲う獣から羊や牛を護るためであった。またその他の用途としては、闘犬や「熊いじめ」に使われた という。

ではゴドジンの戦闘犬はこのいずれであろうか。300騎の馬とともに駆けるのは、迫力の点ではマスチフ が勝るであろう。しかし華麗さという点では、やはりちょっとおデブさんのマスチフよりも、俊足で高貴な姿のウルフハウンドやグレーハウンドを思い描きたく なる。私の好みで言うと、ゴドジンの戦士たちが飼っていたのはやはり狩猟用の前者2種を候補としたい。ではそのいずれかというと、グレーハウンドは少し小 さいので、後ろ足で立つと2mを軽く超えるというアイリッシュ・ウルフハウンドというところで手を打ちたい。申し訳ないが、予選に漏れたマスチフの出番は シャーロック・ホームズの『バスカヴィル家の犬』まで待ってもらおうと思う。

アイリッシュ・ウルフハウンドマスチフ 

ウェールズ日本人会 email
Wales Japan Club All Rights Reserved
www.walesjapanclub.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。