第9 回-----天国から閉め出されたウェールズ人----ウェルシュラビットの誘惑

ウェールズ人の大好な食物のひとつにウェルシュラビット(Welsh rabbit)がある。それはチーズ卜一ストのことであるが、ちょっと普通のそれとは違っている。辞書によると「チーズトーストの一種;溶かしたチーズに通例、エールかビール、牛乳、香辛料を入れてトーストの上に載せて供する」とある。いろいろバリェーションがあり、なかにはウェールズ特産のラーバブレッドという海苔のようなものを入れて作るものもある。これはウェールズ語で「カウス・ポビ(caws pobi)」、すなわち文字通りに訳せば「ローストしたチーズ」となり、「チーズトースト」そのものを意味する。しかし、「ウェールズのウサギ」という名前では品がないということで、何事もお上品好みのヴィクトリア朝のイングランド人紳士淑女のあいだでは、これをウェルシュレアビット(Welsh rarebit)と言うようになったと言われているが、これは単に「ラビット」の発音が崩れて「レアビット」となったらしい。

では、なぜ「ウサギ」なのか?ウェールズは貧しいことで有名であった。イングランドでは裕福な人々は肉を食べたが、貧しい者はウサギを食べた。ところがもっと貧しいウェールズでは肉の代わりにチーズを食べたという。ということで、調理したチーズが主として食卓に供されることになったらしい。また一説に、古い料理調理法の本に書かれているそうだが、ウェールズ人の農民はウサギを捕らえても、それを食べることができなかった。それは領主のものであったからである。そこでチーズをウサギの代用にしたのだという。どの説もみなおもしろいのだが、決め手はない。ただひとつ言えることは、「ウェルシュラビット」はウェールズまたはウェールズ人への悪口であったということである。

元来、国名は、その当時のその国の国力、力関係、敵対関係で、時として、ずいぶんひどい使われ方をされてきた。イギリス人は性病を「フランス病」と言ったし、フランス人はフランス人でこの病気を「イギリス病」と言った。ウェールズもその例外でなく、「ウェールズの」という意味の「ウェルッシュ(Welsh)」という形容詞は、それが冠せられるだけで「劣悪な」とか、「劣った」など、悪い意味をもつようとなった。これはいつの世でも同じであり、戦後の一時期、「ジャパニーズ」や「メイド・イン・ジャパン」という言葉が粗悪品や低品質を象徴する言葉であったのと同じである。しかし、時移り、「メイド・イン・ジャパン」が高品質の象徴となり、世界の憧れの的となったのも事実である。

さて、「ウサギ」が何かは依然として確証がないままであるが、ウェールズ人はこの「ウサギ」が大好きなのである。ただウェールズ人自身がこの食べ物を英語で「ウェルシュラビット」と言うかどうかは知らない。さて、それはさておき、本論に入ろう。このウェールズ人の好物をネタにした次のような小話がある。

----- あるとき、天国の門を管理する聖ペテロは天国の上流階級の住民から苦情を聞いた。すなわち、ウェールズ人が増えすぎ、彼らが毎日果てしなくしゃべり続けるので、うるさくて、気が狂ってしまいそうになるというのである。そこでペテロは天使たちと計り、ある日、天国の門を大きく開け放ち、門の外から天使に、「皆さん、ウェルッシュラビットの用意ができましたよ」と、叫ばせた。するとウェルッシュラビットの大好きなウェールズ人は、我先にと天国の門から外に出て行った。最後のひとりのウェールズ人が出て行ったころを見計らい、ペテロは天国の門を閉めさせた。それ以来天国は静かな平穏な日々を取り戻した、と・・・

なんと、ウェールズ人は天国から閉め出されてしまったのだ。それも、大好物のウェルシュラビットをエサにされて。ウェールズ人にとり、ウェルシュラビットは天国と引き替えにしても余りあるものなのか?

このジョークは、ボズワースの戦いでリチヤード3世を破り、イングランド王位についたヘンリー7世(在位:1485-1509)の宮廷で囁かれた小話であったという。ウェールズ人の血を引くヘンリーは、リチャード3世との決戦に手柄のあったウェールズ人の功に報い、彼らの多くを宮廷に仕えさせた。その結果、宮廷は英語の話せないウェールズ人で溢れた。イングランド人の廷臣は、宮廷で幅をきかし、意味のわからない言語を声高に話すウェールズ人を揶揄するジョークを作り、溜飲を下げたという。これがそのジョークであった。

ヘンリー7世即位後、多くのウェールズ人たちが新しい生活を求めてのロンドンにやって来た。ウェールズ人のある者たちは名声と富を得た。また名声や富とも無縁であった大部分のウェールズ人は、つつましい生活を送ってはいたが、ロンドンの与えてくれる生活に満足し、それに馴染み、幸せに暮らした。しかし、イングランドの宮廷に入り込み、幅をきかせ始めた不思議な言語をしゃべるウェールズ人集団に代表されるように、宮廷やロンドンの町で頭角を現し始めた「成り上がり者」のウェールズ人に対するイングランド人の反感は強かった。また、独特の言語と文化背景をもつウェールズ人に対する偏見と嫌悪感は強く、ウェールズ人に対する悪しき固定観念がしだいにイングランド人の間に形成されていった。それは先祖の自慢をする訴訟好きな人々というイメージに始まり、のちには一癖も二癖もある偽善者という偏見に変わっていった。

ウェールズ人に対する攻撃が鎮まると、次の標的にされたのがスコットランド人だった。そして、「どケチな」スコットランド人のイメージが定着した。それが一段落すると、その次はアイルランド人が犠牲になった。ここに、「お馬鹿な」アイルランド人という概念が生まれる。しかし、ウェールズ人も、スコットランド人も、またアイルランド人も黙ってはいなかった。当然ながら彼らもイングランド人を皮肉った。そして今日これらの人々をステレオタイプ化したジョークがひとつの「文化」としてイギリスに定着している。しかし、これら4つの「国民」は、お互いにジョークの種にされてもびくともしない。ここに、打たれ強い「イギリス人」の特質が生まれたのかもしれない。

さて、その後、天国から追い出されたウェールズ人がどこに行ったのかは、だれも知らない。

ウェールズ日本人会 email
Wales Japan Club All Rights Reserved
www.walesjapanclub.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。