岡崎さんのウェールズ滞在日記13

岡崎さんのウェールズ滞在日記13


13.ジャネットさんとの再会

 ほんの2ヶ月前、2011年3月11日、東北地方に大きな地震が起きました。東京でもかなり揺れて電車はストップし、外出先から自宅まで3時間歩いて帰宅しました。予想はされていたけれどこんな怖ろしいことが現実に起きてしまった、そして、東京にも大きな地震がくるかもしれないと覚悟をするようになりました。地震、津波、原発のニュースは世界を瞬く間に流れたようで、英国の知人たちからも、お見舞いのeメールやカードをいただきました。日本にいた外国人は、多くの人が日本を離れました。わたしもマレーシアに住んでいて、ヘイズがひどかった時に、子供の健康が大変心配で日本へ一時帰国したことがあります。逆の立場になった今、そこに根を張って生きている人たちには、容易にそこから逃げ行く場所がないのだ、ということを改めてひしひしと感じました。

 留学生の友人が多い息子は、家族からの進言により波がひくように帰国する友人たちに、当然だよ、といいながらも淋しげでした。その中で、帰国しなかったインドネシア人の留学生がいたそうです。そして、彼は、息子へのメールにこう書いてきたそうです。「今回、日本から離れなくてよかったよ。こんな大変なときに、じっと耐えて、頑張る日本人の姿を見ることができたから。自分の国に足りないのは、こういうところなんだ。」と。周囲の皆が帰国する中、日本に留まることを決め、日本で起きている現実をよく見て、日本人を評価してくれていることに、そしてまた、その留学生の自分の国への想いも感じ、胸の奥が熱くなりました。

 そして日本は混乱の最中でしたが、4月初旬に、予定通り娘と二人の短い英国旅行に出かけました。4年ぶりの大好きな英国は、人も風景にも変化を感じませんでした。ただ、ごみと電車の汚れが気になったのは、日本に住んで4年になるからなのかもしれません。ウェールズへの車中、この窓が磨かれていたなら、もっとよく美しい田園風景が見えるのに、と大変残念でした。 ロンドンから電車で2時間、懐かしいBridgendの駅に着きました。まずはわたしが英語を習っていたオークレー先生のお宅へ。先生は突然の来訪に大変驚かれ、わたしが手紙に書いていた“この日家にいてくれるといいな”、という一文を、電話が来るのかと思った、とのことでした。突然の訪問であり、タクシーも待たせていたので、お茶のお誘いを辞退して子供たちが通っていたセントクレアへと向かいました。
かつて校長先生だったシスターアンジェラ始め、様々なシスターが懐かしんでくれました。そして、今回の災害を心配して手紙を送ろうとしたら、住所が書いてあった封筒を捨ててしまっていて、、、ということで、すぐに住所を書いてと頼まれることから始まり、お茶とイギリスの伝統の味、フルーツケーキをご馳走になりました。

 そして次に、わたしたちの大好きな隣人だったマーガレットさんのところへ向かいました。玄関の呼び鈴を鳴らしましたが、誰もでてきません。コンサバトリーから見えるリビングは相変わらず美しく、静かでした。わたしは驚かそうと思って連絡をしなかったことを悔いながら、ジャネットさんとの約束の時間には間があるので、散歩をしてもう一度戻ってくることにしました。よく切手を買いに行ったポストオフィスを覗いたり、ガイフォークスの花火を見に行った広場では、目の前に花火が落ちてびっくりしたね、などと娘と話しながら、再びマーガレットさん宅に着きました。すると、台所へのドアが半分開いており、心が高鳴りながらベルを押すと、マーガレットさんが私たちと気づき、ドアを開けて、大きくハグしてから、どうしたの?!さあ、とにかく入って、とリビングに通してくれました。いつもと全く変わらない。そして、ああ、来て良かった、と思える瞬間でした。お茶をすすめてくれるマーガレットさんに、約束の時間が迫っているからと辞退し、いろいろ話をしました。マーガレットさんは、87歳だそうですが、一人で元気に暮らしています。そして、変わらず、明るい笑顔でエレガント。理想の年齢の重ね方です。私たちが帰るとき、ケーキの話になり、マーガレットさんのミンスパイは最高、というと、冷凍庫にウエリッシュケーキがあるけど持っていく?と聞いてくれ、娘と大きくうなずくと、すぐに持たせてくれました。

 それから、ランチに招いてくださったジャネットさん宅へ向かいました。両脇には、懐かしい家々が並び、歩いていくと、ジャネットさんが、ドアから身を乗り出しています。4年も会っていなかったとは思えない、変わらない様子。ご主人のヴァセリーも、そして、ジャネットさんのお母さんのキャサリーンも変わらない。ランチは、白地に明るい柄の入ったテーブルクロスに素敵な食器が並び、次々と出されるヴァセリーの手料理は、以前と同じようにおいしく、特に、メインのトマトを使った魚料理は、是非作りたいと、レシピを尋ねたほどです。楽しくおいしい時間はあっという間に過ぎ、夕方には再びロンドンへ向かいました。

 幸運にも、ジャネットさんが仕事のため翌日ヴァセリーとロンドンに来たので、翌日も夕食をご一緒できました。日曜だったため、レストランを探すのが大変でしたが、それも思い出です。それに、歩きながら、娘がジャネットさんと本について熱く楽しそうに話す姿を見ると、英国を出てからの4年間、初めての日本での生活に自分を合わせるよう、合わせなければならず頑張ってきた娘が解放されたように見えて、英国に旅行に来てよかったなと思いました。(娘はジャネットさんたちからプレゼントしていただいたブックヴァウチャーで12冊の本を買いました。推薦してもらった本のリストを片手に、目は爛々と足取り軽く本屋さんで選ぶ姿は、2時間続いたところで容赦してもらいました。)

 ヴァセリーは夜道を歩きながら「本当にジャネットは葵と話すのが楽しいんだ。」と言ってくれ、そして二人でいつも忙しくしていることなどを語ってくれました。人と人は、長く会わなくても、人種が違っても、心を通わせようとするなら、通っていくものなのだと思えました。お二人は、わたしたちをホテルのロビーまで送り届けてくれ、いつかまた会えることを願って別れました。今回の旅行で、わたしたちのメインイベントは、ジャネットさんたちに会えたことだと娘も話していましたし、ジャネットさんも、旅行先で友人に会えるというのはその旅をスペシャルなものにしてくれる、だからいつか日本に遊びに行く日がとても楽しみだと言ってくれました。

海外に住むチャンスは、誰にでも巡ってくるものではありません。せっかく海外に住めるのなら、そこに住む人や文化に親しみ、信頼できる友人関係を育んでいくことは、そこにいる間だけでなく、長い人生において宝になっていくものなのだと思いました。

 おまけですが、ヒースロー空港で搭乗する直前、娘が驚いた声で誰かと話し始めました。なんと、学校の英語の先生で、ウェールズ出身のその先生は、同じ飛行機で日本に戻るところでした。やはり、人との出会いやつながりは大切にしたいですね。

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