補習校だより 2016年6,7月

補習校だより 2016年6,7月

5月28日の朗読会
田口知子


HM先生が、「朗読会」のためにお出でくださいました。朝六時過ぎに北ウェールズのお家を出られたそうで、お孫さんのR君(高2)とお母様もご一緒です。到着されるとすぐに、地図や五十音表、「雨にも負けず」の詩を貼って、朗読会の場所を整えてくださいました。最初に岩手県がどんな所か、教えてくださった後、礼央奈君のリードで、みんなで発声練習をしました。五十音表を指しながら「あいうえいおあい、かきくけきこかき・・」とリズムよく、進みました。
「雨ニモマケズ」の詩は、低学年指導も家で読む練習をしてきたらしく、すらすらと元気よく読むことができました。「どんなことだったら、みんなにもできますか」H先生からの質問に、みんな一生懸命考えました。「なかなかできないことだけど、できないからだめというのではない、そうしたことに気付くことが大切だ」というH先生の言葉が、胸に響きました。この詩は、賢治の没後、賢治愛用のトランクのふたの裏ポケットから出てきた黒手帳に書かれていました。病床に臥せっていて、この詩を書いたときは、死を予感していたと想像されます。最後の「そういうものにわたしはなりたい」にこめられた賢治の思いを、私たちも大切にしていかなければいかないと思いました。
子どもたちには「ざしき童子(ぼっこ)の話」大人の部では「なめとこ山の熊」を朗読してくださいました。言葉が耳に心地よく入ってきて、胸がとても温かくなりました。お母様方から「心が洗われるようだった」とのコメントも出ました。生の声による読み聞かせには、その場ならではの空気感があります。二つのお話を通して、東北の厳しい自然や家族の関係、登場人物の心の交流などに思いをはせながら、映像が目に浮かぶ豊かな言葉を味わうことができました。寄贈いただいた宮沢賢治の全集6冊の中から、休み時間にコモンルームに来た低学年の子どもたちが選んだ「黄色いトマト」を読んであげました。私も初めて読む物語で、きらきら輝く情景と、どきどきする物語の世界を、子どもたちと一緒に楽しむことができました。H先生の読み聞かせを通して、幸せな時間をいただきました。
(2016年6月11日)

 

心に残った運動会
田口知子

前日まで雨が多い不安定な天候で、気をもみましたが、土曜日は青空がのぞき、大人も子どもも一緒になって、思う存分、運動会を楽しむことができました。日本人会の皆様は、早朝から、当日の交通整理、七時からの用具の搬入、トラックの設営と、大仕事を担ってくださいました。テントは、頑丈で横布もついた立派な物で、日本人会の運営委員長様が手配してくださいました。前日のテント設営にも立ち会ってくださり、運動会後も、同企業の皆さん総出で、作業をお手伝いしながら、撤収作業を見届けてくださいました。中には、ご出張中の方もいらっしゃったとお聞きしました。大変ありがたいことです。
競技に、子どもたちが全力で取り組み、団長を中心に一生懸命、応援合戦をする姿には、すばらしい一体感がありました。係や競技を担当される保護者の皆さんも生き生きとその役割をこなされているのが、とても印象的でした。競技がスムーズに進み、昼食時間が1時間15分ゆったりと確保できたこともよかったです。補習校の運営委員長様が分刻みの競技進行スケジュール表を作成してくださっていました。最後の紅白リレーで、入場門整列予定時間を見ると、ほんの3分違いでびっくりしました。ここで、飛び入りで、二回目の応援合戦が入りました。こういう柔軟な動きも、よかったです。
運動会は、今回で30回目となります。補習校と日本人会との共催で開催されてきました。第3代校長が「子どもたちに日本の運動会を体験させてあげたい」と提案され、保護者の皆さんが動いてくださいました。はちまきや玉入れの玉は、全員で分担して縫いました。子どもたちの人数が百人近くになると(最高135人)、4色対抗となり、赤白黄紫のゼッケンを手作りしました。小学生一人をモデルに、ゼッケンの試作品を作り、型紙を決めて、縫い方の講習会も行いました。みんなで協力して、何十メートルもある布を裁断する光景が、思い出されます。一人一人の努力と熱い思いがこめられた運動会は、本校の財産の一つといえるでしょう。
最後に運動会の裏話を一つ。運動会は、日本人と地元の方々との友好を育む機会にもなっています。ご来賓として今年もBDさんがお出でくださいました。創立当時から松井みどり先生と一緒に、豊富な人脈を駆使して、補習校運営のためにご尽力くださっている方です。今年は松井先生と40年間親交があったCさんが、ひょっこりお出でくださいました。松井先生が渡英後、9年間下宿されていたご家族の方です。二月に松井先生が逝去されてすぐ、Cさんの奥様も旅立れたとお聞きして、ずっと心配していました。カーディフで日本祭が開催された時に、私は俳句のブースを担当しました。地元の方が作った俳句を日本語に訳して筆ペンで、紙のしおりに書いてさしあげて、千代紙とリボンをつけて仕上げてもらいました。その紙のしおりをCさん夫妻がとても気に入って、ずっと大切にしていると、松井先生が教えてくださったことがありました。それが始まりで、毎年補習校のチャリティーコンサートでお会いする度に、私にも親しく言葉をかけてくださっていました。Cさんもまじえた会食席で、理事長様をはじめ、みんなで松井先生を偲んでお茶で乾杯しました。私にとっても心に残るいい運動会でした。
(2016年6月25日)

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