校長先生の日々3 : 書くことを通して

校長先生の日々(3) 田口知子

「書くことを通して」

 平成18年の始まりに、うれしいニュースが届きました。小6小林由佳理さんのお母様が、JAL海外生活エッセイコンテストに佳作入選されたのです。私はそのことを二日に届いた新聞で知りました。さっそく、小林さんにおめでとうと伝えると、「実は、日本への往復航空券がほしくて、応募したんですよ。でも佳作だったのでもらえませんでしたけど」と率直な感想が返ってきました。そして「今まで校長先生から、我が子の作文の添削指導やアドバイスをしていただいて、そういうのがとても参考になりました」これには、私の方が恐縮してしまいました。

 実を言うと、私も往復航空券に心が動いて、生徒と一緒に何か書いてみる気になったことはあるのです。しかし肝心の「これを書きたい」という題材が無いのです。他の人に伝えたい出来事や自分の熱い思いが根底に無い文章は、読む人の心に届くはずはありません。これまで毎年、補習校の児童生徒の作文をコンクールに応募してきましたが、まず題材ありきです。苦労を克服して自分がどう変わったか、またある出来事を通して、新しい発見や気付きがあったかどうか、これが作文の命となります。

 私は新聞を手に、同僚やその日の学校当番の人たちに小林さんの快挙を伝えました。そして「海外生活が長くなると、新鮮な感動体験をすることってあんまり無いんですよね。入選作品を読むと、その人の生き方が出ているというか、生活の中身がとても濃いのを感じます。皆さんすばらしい生活を送られているなあと思います」という話をしていると、そこへタイミングよく、小林さんが現われました。

 「何といっても親子で一つの題材について、文章を書いたということが、すばらしいですね」これは私が小林さんに一番お伝えしたかったことです。そのことを直接小林さんにお話しすることができました。小林さんは、「神様になろう」という題名で、まず日本の小学校でブラジル人の母親に、言葉かけをしてあげられなかった体験について書かれていました。それから渡英し現地校で友達ができないお子さんのことで心を痛めます。ある日、その悩みを簡単な英語で級友の母親に打ち明けます。これがきっかけとなって、状況が好転し、親子で救われたと言います。小林さんは、最後の部分で次のように書かれています。

 ルースのお母さんにお礼を言うと、「あなたはいつも笑顔でいるでしょう。だから話しかけてみたの」とおっしゃられる。この人は神様だ、と私は思った。(中略)私は帰国したら、外国人の親や転校生の親を見つけては話しかける、神様のような日本人になろうと強く思っている。

 一方、お子さんの由佳理さんは、「友達作りは」と題する作文を書いて、日本の作文コンクールに応募しました。転校先の学校でなんとか友達を作るように努力するもののうまくいかず、いつも一人ぼっち。とうとう我慢できなくなり、学校から帰るなり、ぽろぽろ涙がこぼれてしまう、そんな由佳理さんをお母様は無言で抱きしめます。これが転機となって、状況が好転していくわけですが、由佳理さんはしめくくりに次のように書いています。

 「転校して分かったことがある。それは一人目の友達を作ることは、とても難しいということ。しかし、一人目の友達を作ってしまえば、あとはどんどん友達ができること。私達はけんかもするけど、けんかは友達がいるからこそできることで、それさえも今の私には喜びだ。この先、休み時間に一人でいる子を見つけたら、私は必ず声をかける。その子がどんなにさみしいか、声をかけられたらどんなにうれしいか、声をかけられたらどんなにうれしいか、私は痛いほど分かっているから」

 コンクールの結果はまだ出ていませんが、親子のダブル受賞になると、喜びが倍増することでしょう。しかし、結果はどうであれ、小林さん親娘にとって、一つの題材を親の視点と子供の視点で書き残すことができたということは、これからの人生でかけがえのない宝物になるはずです。書くことは、親子の絆をさらに深めてくれます。

 最後に小林さんが、おっしゃっていました。

「私、バスガイド時代に、川端康成の伊豆の踊り子や画家のエッセイなどの文章を暗記しておいて、観光案内の説明に加えていたのですが、今改めて暗唱とか音読というものが書く力の土台になるのだと実感しています。そういう文章が頭にストックされていたから、今回すんなり自分の伝えたいことが文章にできたような気がします」

 本校でも年に数回、全体集会で詩の暗唱を実践しています。暗唱活動は、確実に国語力アップにつながるということが、改めて小林さんの言葉から分かりました。詩に限らず、印象的な文章も取り上げながら、これからも暗唱活動を継続していこうと思います。

 私は補習校の教育活動の中で、作文教育に力を注いでいます。作文は、国語力が集約されたものだからです。しかし書くことは、子供達だけのものではありません。機会があれば親や教師も、簡単なコメントや感想などを書いてみるとよいと思います。大人と子供が、書くことを通して人生の時間を共有していけたら、こんなにすばらしく素敵なことはありません。私もこのコラムを通して、書くことと取り組んでいくつもりです。

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