校長先生の日々4 : 優太君のCD

校長先生の日々(4) 田口知子

「優太君のCD」

 隔週で、始業前の30分間を利用して、中1,2年生の希望者に日本史の補習授業をしています。ある日、中2の優太君が5分ほど遅れて教室にかけこんできました。ドアをバターンと大きな音をたてて開けるなり、そのまま席に着こうとします。ここはビシッと注意すべきかと思いましたが、遅れても自由参加の授業に休まずに来たのだからと思い、

「遅れた時はもっと遠慮して入ってきなさいよ。遅れてすみません、くらい言ってほしいな」と少しあきれて見せただけで、授業を続けました。当の優太君はみんなの前で注意されたにもかかわらず、いつになく表情が生き生きとしていて、なんだかうれしそうに見えました。一瞬、おやと思いましたが、その時は深く気にとめていませんでした。

 休み時間に、ちょっとした用事で中2の教室に行きました。教室を出ようとした時、「はい、これ」と、優太君がCDを差し出しました。

「えっ、もう録音してくれたの。だって、お母さんにメール出したの、昨日の夜遅くだよ。時間かかったでしょ。大丈夫だったの」

「別に、すぐできるから」と、優太君はこともなげに言います。「でも、もしかしたら最後がきれてるかもしれない…」

最近の子供はハイテクをいとも簡単に使いこなすのだなあと感心しながら、「まさか今日、もらえると思わなかったから、すごくうれしいよ、本当にありがとう」

私は家に戻るとすぐに、CDをかけました。最初に流れてきたのは、平井堅の「キミはともだち」の曲。ああ、やっぱり。その後にも続けて数曲入っていました。

 朝会で取り組んでいる暗唱で、「キミはともだち」を取り上げることになったと、担任から聞いて、「そのCDなら、今持ってるよ」とクラスのみんなに聞かせてくれたのだそうです。その一週間後、担任が「優太君がCDのコピーを作って来てくれました」と言うので、しばらくして私もそのコピーを借りました。素敵な曲ばかりで、私もすぐに気に入りました。そこで優太君のお母さんに「平井堅の曲はとても素敵ですね。明日、学校で優太君に会ったら、私にもコピーを作ってくれないかなとお願いしてみるつもりです。負担にならなければよいのですが」と、夜寝る前に、一言メールを送っておいたのです。

 土曜の夜、他にも用事があったので、優太君のお母さんに電話をしました。CDのお礼を伝えると、「ああ、なんだか息子が朝、ばたばたやってましたね。私、先生のメールを見たのが、朝だったもので。それを息子に伝えたら、すぐに用意するって。実はそれで歴史教室に遅れたんですよ」

「ええっ、そうだったんですか」私は、ああ、よかったと胸をなでおろしました。あの時、厳しく叱らないでおいてよかった。そうか、優太君、あの時、私のためにCDを作ってくれていたんだ、あわてて用意したから最後までちゃんと入っているか確認できなかったのねえ。そんなこと、何にも言わないんだもの。そこで、はたと気がついたのです。あの時、遅刻したのになんだかうれしそうな表情をしていたのは、もしかしてこのCDが理由?人を喜ばせるって、誰でもわくわくするものです。優太君も私の笑顔を想像していたのでしょうか。優太君の優しさが心にしみました。事情をよく確かめもしないで、頭ごなしに生徒を叱らないで本当によかったと思いました。そしてちょっとしたことでも保護者と雑談したりメールを交したりすることは、本当に大切だと改めて実感しました。今回、優太君のお母様と電話で話をする機会があったから、朝の遅刻の理由を知ることができたのですから。

 さて、一月の朝会で、「キミはともだち」の暗唱の成果を確認し合いました。その後で、「実はこれは歌になっているんですよ。優太君がCDを用意してくれたので、お聞かせしましょう。ノリのいい曲だから、体でリズムをとって聞いてもいいですね」と言うと、歌の大好きな児童が一人、体をゆすりながら楽しそうに聞いていました。

 一月の暗唱活動については、ホームページの「学校ニュース」でも報告しました。優太君がCDを用意してくれたと、実名で書いてあったところ、少ししてからお母様からメールが届きました。「日本の祖父がホームページを見て、孫の名前が載っていたととても喜んでいました」

 こんな形で日本にいる人達にも、ホームページを見ていただけて、優太君のCDには、なんともうれしいおまけがつきました。

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