校長先生の日々5 : 論語と私

校長先生の日々(5)「論語と私」

補習校の教師をしていなかったら、論語の本との出会いは、きっと無かったでしょう。その出会いを作ってくれたのが、T君でした。

数年以上も前の学習発表会でのことです。中3生から、「論語と中国文学」についてのクイズ発表をするので、解答者として出てほしいと依頼がありました。そんなに難しくないからと言う言葉に安心して、他に二人の先生と一緒にステージに上がることになりました。

さて、一問目。T君が問題を読みます。

「孔子が活躍した時、日本は何時代でしたか」

さて、困った。何時代だったかな。他の先生たちも迷っているようでした。私達が紙にペンで大きく答えをかいて広げると、T君がうれしそうに言いました。

「この中に、正解者が一人います。正解は、縄文時代です」

ああ、そうだった、紀元前に活躍した人でした。飛鳥時代と答えてしまった私は、やはり国語の資料集を見ておくべきだったと、猛烈に後悔しました。資料集を手にとった時は、もう夜中だったので、「もういいや。なんとかなるだろう」と、開けもせずに、そのまま寝てしまったのでした。みごとに正解した男先生、さすがは某大学卒の秀才といわれているだけのことはあります。それにまだ20代、受験知識においてはまだまだ現役の世代です。もう一人の先生も、私同様に1問目ははずしてしまいましたが、補習校ではずっと中学の国語を担当しています。今まで数学中心に教えてきた私は、一人で大恥をかくのではないかと、久しぶりに冷や汗が出てきました。

T君が問題を続けます。今度は全員不正解。T君は、ますますうれしそうに、

「先生達、残念です。全員、間違っています」

T君のアドリブが、会場を笑いで包みます。観客の生徒も保護者も、生徒が先生をテストするという、またとないシテュエーションに、大喜びしているのが伝わってきます。
次に、別の男子生徒が体に白いシーツをまとって、孔子に扮して登場しました。そして、

一言、「子曰く、巧言令色、鮮し仁」

この言葉を書いた大きな紙を見せながら、T君が質問しました。

「はい、では、この言葉の意味を答えてください」

恥ずかしながら、初めて聞く言葉でした。漢字の意味から想像して、言葉巧みに飾り立てて話をする人は、相手のことを本当には思っていない、といったような解答をしましたが、得点にはなりませんでした。T君の採点は、なかなか厳しいようです。次の問題は「学びて思わざれば則ちくらし。思ひて学ばざれば則ちあやうし」の意味です。うん、これは聞いたことがあります。ただ、T君にとっては、私の解答は正解にしたものかどうか、迷ったようで、観客に「正解にしてよいと思う人は、拍手して下さい」と問いかけ、かろうじて1点もらうことができました。

後半は、四択問題でした。魯迅の作品「阿Q正伝」を「聖伝」と書くなど、ひっかけ問題もあり、結局私達は、ほとんど間違ってばかりでした。ともかく、一人だけ大恥をかかずにすんだことにほっとしながらも、校長としてはあまりにも情けない教養レベルに、一刻も早くステージからおりたい気持ちでいっぱいでした。

それなのに、T君の言葉は続きます。

「では、一位の先生に、賞品をプレゼントします」

男先生は、私よりも半分正解した問題で、確か私より0.5点上のはずでした。ところが、
T君は頭をかしげてちょっと考えてから、

「一位は、正解に近い解答もあったから、校長先生ですね」

賞品の李白のポスターサイズのコピーを受け取りながら、
「ありがとう。この絵を見ながら、今日のことを思い出し、これからもっと勉強します」と最後は笑いでしめくくった私。このポスターもクイズに登場し、私が杜甫だと誤答した人物でした。

こうして、私の本棚に論語の解説本が加わりました。その日の気分に任せて、ぱらぱらとページをめくる程度ですが、論語の偉大さにこの年になって触れることができるとは、思いもしませんでした。恥をかくことは、勉強になります。

それから、もう一つ、失敗したからこそ、見えたものがあります。小学校高学年まで、ワンパクだったT君。授業中騒いで担任の先生を困らせたこともありました。そんなT君から、校長に花を持たせてやるかと、気を使われるようになろうとは。T君の思いやりと成長ぶりに触れることができ、この時は、失敗してよかったと思いました。

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